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福岡地方裁判所 昭和54年(た)1号 決定 1988年10月05日

主文

本件再審請求を棄却する。

理由

本件再審請求の趣旨及び理由は、請求人作成の再審請求書、弁護人尾崎陞、同上田國廣作成の再審請求理由補充書及び再審請求理由補充書(二)各記載のとおりであり、なお、刑訴法四三五条六号にあたる証拠については、右のほか更に弁護人上田國廣、同古賀康紀、同大〓芳典作成の昭和六三年五月一〇日付意見書第一、六に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

本件請求は、請求人に対する福岡地方裁判所昭和四二年(わ)第二五号強盗殺人、同未遂、放火被告事件につき同裁判所が昭和四三年一二月二四日死刑を言い渡した有罪の確定判決(上告棄却により同四五年一二月一二日確定)に対し、うち放火罪についてはその事実がなく無罪であると主張するとともに、この点につき刑訴法四三五条一号、六号、七号の各事由があるとして再審を請求するものである(本件は、第五回目の再審請求である。)。確定判決が認定した事実の要旨は、請求人は、鷲崎勝信と共謀のうえ、昭和四一年一二月五日午後一〇時ころ、請求人がかねて勤務したことのある福岡市下川端町(当時)所在のマルヨ無線川端店において、店員の松本弘幸及び梅崎勇の反抗を抑圧し、現金合計二五万七〇〇〇円及び腕時計二個ほか一点を強取するとともに、その際殺意をもって両名の頭部や顔面をハンマーで乱打するなどして瀕死の重傷を負わせ、両名が床上でうめいている状態で、更にカタログ紙をまき散らし反射式石油ストーブを足蹴りにして横転させ机に燃え移らせて同店に放火するとともに両名の殺害を図り、同店を半焼させたうえ隣接する建物四棟の各一部を焼燬し、松本を脳挫傷及び一酸化炭素中毒により殺害したが、梅崎は脱出して焼死を免れ加療約五か月を要する頭部挫創等の重傷を負わせたのみでその殺害の目的を遂げなかった、というものであり、これに対し、所論は、請求人は、火災発生当時ストーブは転倒していなかったのに、ストーブが転倒しているとして追及されたため、放火につき虚偽の供述を余儀なくされたのであって、請求人は放火については無罪である、というのである。

一  刑訴法四三五条一号及び七号の事由の主張について

所論は、要するに、本件確定判決が証拠として挙示した司法警察員高尾稔作成の実況見分調書中には、本件石油ストーブの転倒状況を復元した状況として、完全に前に倒れた状態を設定して写真撮影をし、現場写真74号として添付しているが、添付の現場写真66号及び67号に示されている火災直後の状況では右ストーブは約四五度傾斜しているに過ぎず、これは二階からの落下物等が直立していたストーブに激突したことにより傾斜したことを示していることなどの点に照らしても、右復元状況に関する部分は、右司法警察員が右ストーブの本来の姿勢に手を加えあたかもそれが真の姿勢であるかのように殊更虚偽の記入をしたものであることが明らかであり、また、これを作成した公務員が被告事件について職務に関する罪(公務員職権濫用、有印虚偽公文書作成・同行使、証憑湮滅の罪)を犯したことによることが明らかであって、かつ、これらの犯罪行為についてはすでに公訴時効が完成しているため、虚偽記入の事実があること又は職務犯罪が犯されたことについて確定判決による証明を得ることができない場合に当たる、というのである。

しかし、右実況見分調書及び技術吏員福山晴夫作成の鑑定書並びに当裁判所の証人高尾稔に対する尋問調書によると、右写真74号は、実況見分にあたった警察官らが現場の状況及び本件ストーブの状況(殊に後記合金の滴下痕等)から転倒状況を合理的に推認して復元したものと認められ、その他記録並びに当裁判所の事実取調の結果をつぶさに検討しても、指摘にかかる実況見分調書の部分につきこれを作成した司法警察員が所論のように殊更虚偽記入をした事実やその作成にあたり所論のような罪を犯したことを窺わせる証拠はない。したがって、右各事由の主張はいずれも理由がない。

二  刑訴法四三五条六号の事由の主張について

所論は、要するに、請求人は、右確定判決が有罪として認定している事実中、放火の点については、請求人が鷲崎勝信と共謀のうえ放火した事実はなく、本件火災はストーブが直立したままの状態で異常燃焼して他に燃え移ったことにより生じたものであるが、このことを明らかならしめる新たに発見された証拠として、請求書で指摘した福岡中央消防署消防士〓敏弘作成の昭和四二年五月二日付火災原因調査報告書及び右報告書添付の同人作成の同年四月二日付実況見分調書に加え、事実取調の結果新たに得られた証拠である証人〓敏弘(合計二通)、同高尾稔、同吉浦順爾、同大隈誠(合計九通)、同鷲崎酉生に対する当裁判所の各尋問調書及び大隈誠作成の「東芝KV202石油ストーブ実験結果のまとめ」と題する書面があり、これらと対比すれば確定判決が証拠として挙示する前記司法警察員高尾稔作成の昭和四一年一二月一〇日付実況見分調書中のストーブが転倒した状態で発火したことを示す部分、更には本件石油ストーブが転倒した状態で発火したことを内容とする請求人及び鷲崎勝信の放火に関する自白の信用性に疑いを抱かせるに十分であって、これらの証拠が取り調べられていたならば、請求人らは放火罪を犯したことについては合理的疑いがあるとして無罪とされていたはずである、というのである。

1  そこで検討するのに、まず、刑訴法四三五条六号が無罪の証拠のみならず、「原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき証拠」についても再審請求を許容している趣旨に照らせば、確定判決中の科刑上一罪のうち相当重大な比重を占める罪が無罪となるような証拠については、主文において無罪の言渡をすべき場合には当たらないものの、少なくとも「原判決において認めた罪よりも軽い罪を認めるべき」証拠に該当するものと解するのが相当であるから、科刑上一罪のうち放火罪のみの無罪を認めるべき証拠も、刑訴法四三五条六号による再審請求を可能ならしめる証拠に当たるものというべきである。

2  ところで、当裁判所の事実取調の結果によると、所論指摘の各証拠のうち、本件火災発生の時点で本件石油ストーブは直立した状態にあったとする大隈誠作成の「東芝KV202石油ストーブ実験結果のまとめ」と題する書面(以下、「大隈「実験」」という。)及び証人大隈誠の各尋問調書(以下、「大隈証言」という。)は、その内容に照らして放火罪につき無罪の認定につながる可能性のある証拠資料であると認められるが、所論指摘のその余の各証拠は、その内容に照らし、それ自体異なる事実認定に導く可能性のある証拠とはいえないものと認められるから、これらはすでにこの点において刑訴法四三五条六号の証拠に該当しないものというべきである。そして、大隈「実験」及び大隈証言はいずれも前回の再審請求の終了後に発見された証拠と認めるのが相当であり、したがって、刑訴法四三五条六号の新たに発見された証拠の要件、すなわち証拠の新規性の要件を満たすものと認められるから、以下、これらが同号にいう無罪を言い渡しあるいは確定判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠に当たるか否か(証拠の明白性)について検討する。

3  大隈「実験」及び大隈証言は、要するに、本件ストーブは、本件火災発生時転倒しておらず、直立していたことが明らかであるとし、これを裏付ける理由として種々の理由を挙げている。しかし、本件ストーブが転倒した状態でカム及びバルブストッパーが受熱し溶融したことを示す明らかな証拠が存在する。すなわち、技術吏員福山晴夫作成の鑑定書及びその添付写真第一号及び第四号並びに当裁判所に提出された海蔵寺明治作成の鑑定書乙(鑑定の経過及び結果2(1)イ(七頁)及び添付写真16、17号)によると、本件ストーブの前面下にある網目状の扉の右端に近い部分に、ストーブの内の油量調節機構の部品で亜鉛を主成分とする合金で作られたカム及びバルブストッパーが溶融して生じたと認められる付着痕が存在し、かつその付着痕の位置は、本件ストーブの前面扉部分が床面に接するようにして前傾横転した状態に置いた場合に右カム及びバルブストッパーの位置のほぼ鉛直線上(真下)に来ること、しかも、その状態にした場合その鉛直線上の中間に位置する部品部分にも溶融した右合金の付着痕が存在していること、そして海蔵寺明治作成の右鑑定書乙及び大隈「実験」によると右合金の融解点は摂氏三八〇度前後であることが、それぞれ認められ、他方、ストーブの直立状態においてカム及びバルブストッパーの真下となる部分のあたりには右のような合金の溶融付着痕の存することを窺わせる証拠はない(福山鑑定書にもその指摘はない。)ことからして、その部分にはかような合金付着痕はないものと推認できるところ、以上の事実によれば、カム及びバルブストッパーを構成する金属は融解点に達すれば直ちに溶融を始めて重力により真下に滴下することになる以上、少なくとも、本件ストーブ内のカム及びバルブストッパー付近の温度が融解点に達した際には、本件ストーブは右のように前傾横転した状態にあったことが明らかである。換言すれば、カム及びバルブストッパーが溶融したのは、本件ストーブが転倒した後であり、かつその転倒の状態も、ほぼ前面扉を床面に接する状態で前傾転倒していたことが明らかであるといわなければならない。そして、合金の溶融温度に照らすと、右のような溶融は、本件石油ストーブが転倒した状態で燃え上がり石油ストーブ下部が加熱されることによって生じうるものであることについては、特に説明を要しない。なお、所論も指摘するとおり、司法警察員高尾稔作成の実況見分調書添付の写真66ないし69号によると、消火後の実況見分の時点においては、本件ストーブは約四五度くらいに傾斜しており、完全に転倒した状態になかったことが認められるが、これは、すでに右のように前面扉を下にして転倒していた状態にあった本件ストーブが、火災の進行により二階や屋根からの落下物の影響を受けたり、場合によっては消火作業の影響を受けたりした結果、最終的に約四五度の状態になったもの(倒れていたのが落下物の影響で立ち上がり、更に再び落下物の上に倒れかかったということもありうる。)と認めるのが相当であるから、鎮火後の実況見分時における本件ストーブの傾斜状況をもって、本件ストーブが転倒した事実がなかったことを示すものとはいえない。更にまた、福山鑑定書によると、本件ストーブの外側の塗料は焼けて変色しているのに対し、前面扉のアルミニウム製のプレートのToshibaの文字の塗料部分のみが焼燬していない事実が認められるところ、大隈「実験」及び海蔵寺作成の鑑定書甲乙による各実験結果と対比検討すると、プレートの文字の塗料部分が焼燬を免れているのは、本件ストーブが前倒しの状態に置かれ右プレートの部分が床面に接する状態が続いていたため、その部分が直接強い熱を受けるのを免れたことを示していると見ることができるのであって、この点もまた、本件ストーブが立ったままの状態で火災になったのではないことを窺わせるものというべきである。

4  しかるに、大隈証言は、そもそも溶融付着痕が右位置に実際存在していたものか疑わしいとし、他の部分に落ちていた固まりが何らかの原因で本件ストーブの前面扉の当該位置にたまたま移動していたのを針金状の棒で押さえ動かないようにして写真を撮影した疑いもないではないとまでいうのであるが、前記福山鑑定書(本文二枚目表四行目から同九行目)中には溶融合金が前面扉の網目に流れこんでいる旨具体的に記載されているばかりか、同鑑定書添付写真第四号を検討しても右針金状の棒は滴下の方向を示すために添えられているに過ぎないことが明らかであって、しかも移動する状態にあるものを殊更固定しているかのように見せ掛けて写真を撮る必要も見いだせないことなどの点に照らして、右のような疑いはこれを明白に否定することができ、更に、大隈証言が、いったん他の位置に落下した合金の破片が当該位置に二次的に付着溶融した疑いがある旨指摘する点についても、もしそうだとすれば、その付着位置がたまたま前傾転倒させた状態においてカムやバルブストッパーの元の位置のちょうど真下になるというのはあまりに偶然に過ぎるといわなければならないばかりか、前示のとおりカム及びバルブストッパーの位置と前記付着痕の位置の中間にある部品の一部(これら三点の位置はほぼ一直線上にあると認められる。)にも溶融滴下した合金が付着している痕が存在している事実(前記海蔵寺作成の鑑定書乙参照)に照らしても、そのような可能性は全くないと断定することができる。

5  次に、当初本件ストーブが直立したままの状態で火災が発生し、火災の進行中に右ストーブが落下物等の影響で転倒し、その後にカム及びバルブストッパーが溶融した可能性(所論はこの点については特に指摘していない。)の有無についても、念のため検討するに、本件ストーブが前面扉を床面に接する形で転倒している状態は、前面扉の面積が小さいこと等からしてやや不安定な状態であると認められるが、落下物等の影響で前向きに転倒したとすると、転倒の勢いにより、通常は、前面扉を床面に接するような不安定な状態のままで静止することなく、それを通り越して更に前のめりになる状態になるまで転倒すると考えられるし、すでに床上には二階や屋根からの種々の落下物により凹凸や傾斜の生じていることも考えられ、これらの場合に前面扉の前記部分とは異なる部位に合金の溶融付着痕を生ずることとなるのがほとんどであるということができ、したがって、右のように落下物等によって初めて転倒を生じた可能性はほぼこれを否定することができる。そのうえ、本件ストーブの前面扉を床面に接した状態で静止している状態は急激な転倒によっては生じがたいことは右に見たとおりであることからすると、そのような状態においてカム及びバルブストッパーの溶融が生じているということは、本件ストーブが当初からその状態に静かに置かれたか、もしくは、前傾状態で何らかの物(たとえば机の脚等)に倒し掛けたところ、その後ストーブ自体の重さや、立て掛けられた物の燃焼の進行により次第に傾斜を深めていき、前面扉を床面に接する状態になったところで止まったかのいずれかであることを推認させるものといわなければならない。なお、所論は、本件ストーブを蹴倒して放火したとする確定判決の認定する放火の方法では、裏蓋が開き油タンクが飛び出すことになる、というが、確かに、前記高尾稔作式の実況見分調書によると、本件ストーブの裏蓋は閉じたままであることが認められるところ、「蹴倒す」という言葉は、強くけ蹴跳ばす場合に限らず、足を使って押すようにして倒しかける場合も含まれると解されるのであって、机に放火する手段としては、たとえば、裏蓋の上に足を置くようにして押し、机に向かって倒し掛けるようにすれば、裏蓋は開かず、またストーブの受ける衝撃も小さくて済ませることも不可能とはいえず、したがって必ずしも所論のような結果にはならないことを付言する。

6  更に、大隈証人は、ストーブの転倒によっては机に着火しないし、転倒したことを示す情況もないとして、種々の理由を挙げているが、そのうちの主な点について検討を加えておく。まず、漏油があれば床面の焦げの状態が本件で認められるよりも強くなければならないというが、床に張られていたタイル状の板の表面の材質や加工状態いかんによっては、焦げにくいものであった可能性もあるから、床面の焦げの状態が乏しいということから、同証言のように直ちに油漏れがなかったということにはならないし、漏油の量いかんによっては、必ずしも床面が強い焦跡をとどめるほどに焼燬されるものということもできず、また、前記高尾稔作成の実況見分調書には油彩反応検査を実施した旨の記載がない以上、大隈証言のように本件火災現場に油彩反応がないとして漏油がなかったとすることもできない。大隈証言は、前記高尾稔作成の実況見分調書の添付写真によると出火現場付近の床面の一部に変色を免れている部分があることが認められ、それは、本件ストーブの置台がその部分を覆っていたために生じたものと考えられ、したがって、本件ストーブは出火後もその位置に直立したままであったことを示している、というのであるが、右実況見分調書添付の写真及び大隈証言をつぶさに検討しても、右にいう変色を免れている箇所がどれを指すのか必ずしも明確ではないうえ、置台が床に密着して位置していたことを明確に示すような痕跡は右写真によっても見いだしがたいことからして、これをもって本件ストーブが出火時に直立していたことを示す根拠とするには薄弱であるといわなければならない。更に、本件ストーブの背面反射板には煤の付着が乏しいが、転倒した状態では不完全燃焼により煤が反射板に広く付着するはずである、と指摘する点についても、海蔵寺明示作成の鑑定書乙による実験の結果のみならず、大隈「実験」の添付写真によっても、転倒状態での燃焼により必ずしも反射板に煤の付着が生ずるものではないことが明らかである。

7  加えて、そもそも本件はストーブを倒したことのみによる放火ではなく、パンフレット類を同時に撒いて行ったことによるものと認定されているところ、その場合には、単に漏油による火力のほかパンフレット類が燃焼する火力も存在するのであって、その火力が加わるうえに、これらによる炎や熱が残存する間に、タンク内に残留する灯油が加熱されて気化漏出しこれに引火して大きく燃え上がる可能性も、前記海蔵寺作成の鑑定書乙により認められるのであるから、請求人及び鷲崎の自白のような形態により放火をすることは十分可能であるといわなければならない。大隈証人の見解は、ストーブの火がパンフレット類に燃え移ることによる火力を全く考慮していないものであるから、この点においても採用しがたい。

8  更に、大隈「実験」及び大隈証言によると、本件火災は、ストーブが直立したままの状態において、何らかの原因によりストーブが異常燃焼をし、それが机に燃え移ったことによると考えられる、というのであるが、もともと安全を考慮して設計されている器具の性質からして、異常燃焼(高く炎が立ち上がるような燃え方)に移行するには通常何らかの特別な原因がなければならないうえ、異常燃焼した炎が机に着火するには、少なくとも炎や熱の影響を直接受けることとなるような接近した位置に本件ストーブが置かれていなければならない。しかし、店員らが本件ストーブをそのような危険な状態で使用していたとは考えられないし、被告人らのいずれかが何らかのはずみであれ、殊更ストーブを机の方に押しやったことを窺わせるような事情も見いだされないのであるから(なお、請求人及び鷲崎の捜査段階及び公判段階における供述内容には、ストーブが直立状態で異常燃焼を生じていたことを窺わせるような弁解・供述は全くない。仮に殺害行為後請求人らが手袋を燃やしたことにより異常燃焼が生じそれがそのまま発火につながったというのであれば、その状況や炎が机に燃え移るおそれについて認識していなければならないはずであるが、このような弁解・供述のなされた形跡もない。)、異常燃焼による発火をいうところは、それ自体可能性に極めて乏しいというべきである。しかも、海蔵寺明治作成の鑑定書甲によると、布製手袋をストーブの燃焼筒の上に置いたり、燃焼筒をずらせたりすることにより生ずる異常燃焼によっては、傍らの机に燃え移る可能性は極めて低いとの実験結果が得られている。したがって、異常燃焼により出火した可能性はほぼこれを否定することができる。

9  以上によれば、大隈「実験」及び大隅証言に示されている発火状況は、そもそも合金の溶融付着痕という動かしがたい事実について説明困難である点で合理性に乏しいうえ、他に指摘する点も、以上で検討したように出火当時ストーブが直立していた事実を裏付けるものとはいえず、信用性に乏しいことが明らかである。そして、請求人が本件ストーブを蹴倒したか、それとも手で机にもたせ掛けるようにしたかについては、所論指摘のとおり、確かに請求人の自白と共犯者鷲崎の自白との間に齟齬があるとはいえ、請求人らが、パンフレット類をまき散らしたうえ、ストーブを故意に倒し、その火を机に燃え移らせる方法により放火行為に及んだ旨の請求人及び共犯者鷲崎の自白の基本的部分の信用性は、その供述内容が具体性に富み、不自然なところがないうえ、内容の点でも細部を除き大筋において相互によく符合していることや、供述の得られた時期、その後の公判段階における弁解・供述の変遷過程等に照らして、極めて高度と認められるのであって、右大隈「実験」や大隈証言によりその信用性に疑いが生ずるようなものとは到底認められない。したがって、大隈「実験」及び大隈証言は、請求人及び鷲崎の自白の信用性に疑いを抱かせるに足りるものとは到底いえず、請求人に対する現住建造物等放火についての有罪判決を覆すに足りる蓋然性を有するものとは認められないから、刑訴法四三五条六号にいわゆる無罪を言い渡し、または原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき「明らかな証拠」であるとはいえない。また当裁判所の他の事実取調の結果をつぶさに検討しても、右のような証拠を見いだすことはできない。(なお、押収してある東芝石油ストーブ三台のうち一台(昭和六〇年押第三七五号の13)は、海蔵寺明治作成の鑑定書甲の実験に使用したストーブとして提出されているものであるが、右鑑定に使用したものと別の物と認められ、また鑑定書乙の実験に使用したものとして提出されている他の一台(同押号の14)についても手違いにより一部他の部品と取り違えられていたり、その付属品以外の物が含まれていることが認められるが、右各鑑定の結果は、各鑑定書の内容自体から明らかであるから、右の点は本決定の判断に何ら影響するものではない。)

三  結論

よって、本件再審請求は理由がないから、刑訴法四四七条一項によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

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